「なぜ好きなことは良く見えて、苦手なことは最悪に見えるのか? 脳の"記憶のクセ"と進路選択」〔0032〕

「気になる大学のことはすごく調べるのに、苦手な科目の勉強はなぜかやる気が出ない」——そんなこと、心当たりはありませんか? じつはそれ、あなたがサボり屋なわけではなく、人間の脳が持つ自然なクセから来ている可能性が高いのです。今回は、この「都合のよい記憶・都合の悪い記憶」という心理のしくみを、進路選択や勉強にからめながら掘り下げていきます。
あなたにも覚えがある? "都合よく記憶する"あるある
📌 場面① ── 憧れの大学を調べるとき
志望校のパンフレットやSNSを見ていると、「キャンパスがきれい」「就職率が高い」「サークルが充実している」という情報ばかりが目に飛び込んでくる。一方で「入試の倍率が高い」「一人暮らしの生活費がかかる」という情報は何となくスルーしてしまう……。
📌 場面② ── やりたくない科目のとき
数学の授業で「どうせ社会に出たら使わない」という誰かのセリフを聞いて強く記憶している。でも「論理的思考力が鍛えられる」「理系の就職に有利」という先生の話はなぜか耳に入らなかった。
これはあなただけではありません。心理学の研究によれば、人間はもともと自分の望む結論に向かって情報を集め・記憶する傾向を持っていることがわかっています。
なぜそうなるの? 心理学が解き明かすしくみ
確証バイアス(Confirmation Bias)とは
「自分の信念や期待を裏付ける情報には注意が向きやすく、それに反する情報は無意識にスルーしてしまう」という認知のクセのことです。1960年、心理学者のピーター・ウェイソンが実験で初めてその存在を示しました(Wason, 1960)。
たとえば「自分にはデザインの才能がある」と思っている人は、褒められた経験はよく覚えているのに、ダメ出しされた場面はあまり記憶していない——これが確証バイアスの典型例です。
動機づけられた推論(Motivated Reasoning)とは
確証バイアスをさらに広く捉えた概念が「動機づけられた推論」です。心理学者のゾラ・クンダが1990年に提唱し、「人は自分が到達したい結論に到達しやすいように情報を処理する」という傾向を指します(Kunda, 1990)。
やりたいこと(進みたい進路、やりたい部活)に関しては「良い情報を積極的に集め・記憶する」、やりたくないこと(苦手科目、避けたい選択肢)に関しては「悪い情報ばかりが印象に残る」——これがこのバイアスの特徴です。
これらのバイアスは「弱い人がかかるもの」ではありません。むしろ考える力が高い人ほど、自分にとって都合のよい根拠を上手に見つけ出してしまうという研究結果もあります(Kahan, 2013)。知識があること自体がバイアスを強める場合があるのです。
── 原田(スタンダード認知心理学, サイエンス社, p.131)
進路選択への影響:「これが向いてる!」は本当?
高校生にとってもっとも大きな場面のひとつが進路選択です。このバイアスは、進路を考えるときに特に強くはたらきます。
「好きな仕事なら絶対うまくいく」という思い込み
「将来はゲームを作りたい!」と思ったとします。すると自然と「ゲーム業界は成長している」「クリエイターとして活躍している人がいる」という情報が目に入りやすくなります。一方で、「採用人数がとても少ない」「残業が多い」「30代以降のキャリアが厳しい」といった情報は、なかなか記憶に残りません。
⚠ これは「ゲーム業界を目指すな」という話ではありません。
夢を持つことはとても大切です。ただ、都合のよい情報だけを集めて判断していないか、一度立ち止まって確認することが、より確かな選択につながります。
「あの学部は自分に向いていない」という決めつけ
反対に「理系は無理」「文系は就職が不利」のような思い込みがあると、それを裏付けるネガティブな情報ばかりが記憶に残り、可能性を狭めてしまうことがあります。一度「向いていない」と感じたら、その学部のメリットや活躍できる場面が目に入りにくくなってしまうのです。
勉強への影響:「どうせ使わない」は本当に正しい?
「古文なんて社会に出てから使わない」「物理の公式、覚えても意味ない」——こういった言葉、聞いたことがあるでしょう。もちろん一理ある面もありますが、このような考えが強まると、その教科にまつわるネガティブな情報だけが記憶に積み重なり、勉強するモチベーションがさらに低下するという悪循環が生まれます。
✅ こんなことが起きていませんか?
「数学が嫌い → 数学は役に立たないという話ばかり記憶する → ますます勉強しない → テストの点が下がる → ますます嫌いになる」
バイアスによって作られた「根拠」が、実際の行動に影響し、その結果がさらにバイアスを強化していく——これが認知バイアスの怖いところです。
じゃあ、どうすればいい? 5つの実践的アプローチ
バイアスは完全になくすことはできません。でも、「自分はバイアスを持っている」と知るだけで、行動は変えられます。以下の方法を試してみてください。
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「反対の情報」を意識して探す 行きたい大学や職業について調べるとき、良い情報の後に必ず「デメリット」「向いていない人」「現実の課題」も調べる時間を作る。検索ワードに「デメリット」「失敗」「後悔」を加えてみるだけでも情報の偏りが減ります。
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信頼できる人に「反論」してもらう 進路の話を親や先生、先輩に聞くとき、「いい面だけじゃなく、悪い面も教えてください」と最初からお願いしてみましょう。自分では気づけない視点をもらえることがあります。
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「嫌いな科目のメリット」を意識してメモする 苦手科目の授業で「役に立ちそうだな」と感じた瞬間を、スマホのメモにひとことでも書き留める。小さな積み重ねが、ネガティブな記憶に対するカウンターになります。
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決断を少し後回しにする 「この大学は絶対ここ!」「この科目は絶対無理!」という強い感情が出てきたときこそ、1週間待ってみる。熱量が落ちたあとで改めて情報を見ると、違う面が見えやすくなります。
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「もし自分がまったく違う人間だったら?」と問いかける 自分の先入観をいったん脇に置いて、「全然違う価値観を持つ人がこの情報を見たらどう判断するか」を想像してみましょう。視点を変えるだけで、同じ情報から新しい気づきが生まれます。
📝 この記事のまとめ
- 人間はやりたいことの「良い情報」、やりたくないことの「悪い情報」を記憶しやすい
- これは「確証バイアス」「動機づけられた推論」という心理学的なしくみから来ている
- 進路選択では「都合のよい情報だけで決断」するリスクがある
- 勉強では「どうせ無駄」という思い込みがやる気の悪循環を生む
- バイアスは消せないが、「意識すること」と「逆の情報を探す習慣」で対処できる
自分の思い込みに気づくことは、決して弱さではありません。むしろそれは、自分の頭で考える力の始まりです。進路選択も勉強も、「なんとなく感じた印象」だけでなく、意識的に集めた情報をもとに判断できれば、後悔の少ない選択に近づけるはずです。
参考文献・出典
- Wason, P. C. (1960). On the Failure to Eliminate Hypotheses in a Conceptual Task. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 12(3), 129–140. ── 確証バイアスを初めて実験で示した古典的論文
- Kunda, Z. (1990). The case for motivated reasoning. Psychological Bulletin, 108(3), 480–498. ── 「動機づけられた推論」概念の提唱論文(Google Scholar被引用数:11,000件超)
- Kahan, D. M. (2013). Ideology, motivated reasoning, and cognitive reflection. Judgment and Decision Making, 8(4), 407–424. ── 熟慮性が高い人ほど動機づけられた推論が強い傾向を示した研究
- 原田悦子(2012)『スタンダード認知心理学』サイエンス社, p.131 ── 確証バイアスの日本語解説
- 藤田政博(2024)「確証バイアスとは?:由来となった論文を含めて心理学者がわかりやすく解説」note


