ポケモン151匹は覚えてるのに、昨日の会議内容は思い出せない理由〔0042〕

「ポケモン151匹は覚えているのに、昨日の会議の内容は思い出せない…」その違いには、ちゃんと理由があります。

子どもの頃に覚えたポケモンの名前、好きだったアニメの主題歌、小学校の同級生の顔と名前。こうした記憶は、何十年経っても驚くほど鮮明に残っていることがあります。一方で、大人になると「昨日の会議で何を話したか」「さっき何を取りに来たのか」を思い出せない、という場面が増えてきます。

「使わない記憶は忘れる」というのが脳の基本ルールだとしたら、ポケモンの名前はとっくに消えていてもおかしくありません。それなのに、なぜ「どうでもいい記憶」ほど強く残るのでしょうか。今回は、この身近な疑問を心理学・脳科学の視点から少し掘ってみます。

1. 記憶には「内容」だけでなく「覚えた時の状況」も一緒に残る

心理学では、記憶は大きく「エピソード記憶」と「意味記憶」に分けて考えられています。エピソード記憶は「いつ・どこで・どんな状況で経験したか」を含む記憶、意味記憶は「ポケモンの名前」や「歴史の年号」のような、状況を伴わない知識そのものの記憶です。

会議の内容を覚えにくいのは、それが「意味記憶」として処理されることが多いからです。情報そのものに集中していて、「どこで」「誰と」「どんな気持ちで」聞いたかという文脈情報が薄いため、記憶の手がかりが少なくなります。

一方、子どもの頃にポケモンの名前を覚えたときは、「友達と図鑑を見比べながら覚えた」「ゲームを攻略しながら覚えた」「テレビの前で繰り返し聞いた」など、強いエピソードと一緒に刻まれています。つまり、ポケモンの名前という「知識」は、実は大量の「体験」とセットになって記憶されているのです。

関連する考え方:処理の深さ(Levels of Processing) 認知心理学者のCraikとLockhartが1972年に提唱した「処理水準モデル」によれば、情報の処理が深いほど、より精緻で強い記憶になるとされています。単に見たり聞いたりするだけの「浅い処理」よりも、意味を考えたり、自分の経験と結びつけたりする「深い処理」のほうが、記憶の定着が格段によくなることが、複数の実験で確認されています。会議の内容が右から左に流れていくのは、それが多くの場合「浅い処理」のまま終わってしまうからかもしれません。

2. 「思春期の記憶は特別に残りやすい」という現象

心理学の研究分野には「レミニセンス・バンプ(reminiscence bump)」という現象があります。これは、人が自分の人生を振り返ったときに、思春期から20代にかけての記憶を、他の年代に比べて圧倒的に多く思い出す、という傾向のことです。

研究データ:思春期〜20代の記憶は人生で最も鮮明に残る この「思い出しやすさが増す」現象は、思春期から20代前半の出来事に対して、特に40代以降の成人で繰り返し確認されており、様々な研究条件のもとで再現される、かなり安定した現象だとされています。この時期は、自由に思い出してもらう実験において、もっとも多くの記憶が生み出される年代でもあります。

なぜこの時期の記憶が特別なのでしょうか。研究者の間ではいくつかの説明が議論されています。

説明①:脳の発達がちょうどこの時期にピークを迎える

脳の発達と記憶の結びつき 私たちの脳は、思春期から成人期初期にかけて急速な発達期から成熟期へと移行していきます。およそ15歳の時点で脳の発達は約80%まで進み、その後20代半ばまで成熟が続くとされています。記憶を整理・保存する役割を担う脳の部位(海馬や前頭前野など)もこの時期に大きく成長することが、この時期に経験した新しいことの記憶が、特に強く定着しやすい背景の一つと考えられています。

説明②:「初めての経験」が多い時期だから

「はじめて」の記憶は残りやすい ある1988年の研究では、鮮明に残っている人生の記憶の93%が、「初めて」または「一度きり」の出来事に関するものだったという結果が報告されています。思春期や20代前半は、初めての恋愛、初めての一人暮らし、初めての仕事など「はじめて」の経験で満ちている時期であり、それが記憶の残りやすさにつながっているという見方です。

説明③:「自分がどんな人間か」を形作る記憶だから

アイデンティティと記憶の関係 思春期から成人期初期の出来事に関する記憶は、その人の「自分らしさ」を定義する役割を果たしているという見方もあります。こうした記憶は、気分の調整や、自分自身についての理解に重要な役割を果たしていると考えられており、だからこそ思い出しやすい状態で保持される、というわけです。

ポケモンの名前を覚えていたのは、まさにこの時期(あるいはその少し前)に、強い興味・友人との会話・繰り返しの体験がセットになって記憶されたから、という説明がしっくりきます。

思春期の記憶のイメージ

3. では、年を取ると記憶力は本当に落ちるのか

「年を取ると物覚えが悪くなる」というのは、半分は本当で、半分は少し誤解を含んでいます。

まず本当の部分として、新しい情報を「覚えこむ」スピードや、複数のことを同時に処理する力は、年齢とともに緩やかに低下していく傾向があります。研究の中には、高齢になるほど、新しい出来事の記憶を呼び出す力が弱まる傾向があることを示すものもあります。

一方で誤解を含む部分として、「忘れる」というより「定着のさせ方が変わる」という側面が大きいことです。子どもの頃は、強い感情・新しさ・繰り返しによって自然に記憶が定着しやすい環境にいました。大人になると、そうした「自然に記憶が刻まれる体験」自体が減ってしまうため、結果として「覚えにくくなった」と感じやすくなる、という見方もできます。

補足:知識や経験を活かす力は、むしろ年齢とともに育つ部分もある 認知能力には「流動性知能(新しい情報を処理したり、その場で考える力)」と「結晶性知能(これまでの知識や経験を活かす力)」という2つの側面があるという考え方があります。流動性知能は若い時期にピークを迎えやすい一方、結晶性知能は経験を積むことで年齢とともに高まっていくとされています。つまり「覚える」スタイルが変わるだけで、脳の力がすべて落ちていくわけではない、という点は安心材料になりそうです。

4. 「だから十代のうちに勉強しておくべき」と言えるのか

ここまでの話を聞くと、「思春期の記憶は特別に残りやすいなら、この時期に詰め込んだ知識ほど一生モノになる」と思いたくなるかもしれません。ですが、ここは少し慎重に考えたいポイントです。

レミニセンス・バンプで残りやすいのは、強い感情や「自分ごと」として体験した出来事や、自分のアイデンティティに関わるような記憶が中心です。試験のために一時的に暗記した年号や英単語は、その後使う機会がなければ、思春期に覚えたものであっても普通に忘れていきます。実際、多くの人が「中学・高校で勉強したはずの内容」をかなり忘れてしまっている、というのは経験的にもよく聞く話です。

むしろ重要なのは、「何を覚えたか」よりも「どう関わったか」という部分です。先ほどの処理水準モデルの考え方に沿えば、ただ教科書を読んで暗記するだけの学習よりも、自分で考えたり、誰かと話し合ったり、実際に体験したりする学習のほうが、記憶として残りやすいということになります。

つまり、こういうことが言えそうです ・十代の時期は、脳が新しい経験を取り込みやすい時期である可能性が高い
・だからこそ、「量をこなす勉強」よりも「自分の頭で考える・体験する学び」のほうが、長期的に残る知識になりやすい
・「とにかく今のうちに知識を詰め込まないと損」というよりは、「今のうちに、考える経験・体験を伴う学びを積んでおく」ことのほうに価値がある、という考え方ができそうです
十代の学び方のイメージ

5. まとめ:記憶の仕組みから見えてくること

今回のポイント

  • ポケモンの名前が残っているのは、「知識」というより、強い体験・感情・繰り返しと一緒に刻まれた記憶だから
  • 思春期から20代にかけては、脳の発達や「はじめての経験」の多さから、記憶が特に残りやすい時期だと考えられている
  • 年齢とともに「覚えにくくなる」と感じるのは事実だが、「忘れる」のではなく「記憶の刻まれ方が変わる」という側面が大きい
  • だからこそ十代の今は、「量を詰め込む」ことより、「考える・体験する」学びのほうが、将来につながりやすい可能性がある

「子どもの頃の記憶が特別だから、今のうちに頑張らないと損」というよりは、「今のこの時期だからこそできる学び方がある」という捉え方のほうが、お子さんにとっても、保護者の方にとっても、少し気持ちが軽くなるのではないでしょうか。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA